太太の世界なぞなぞブログ

世界地理を勉強中。「はて?」と感じたことをブログで綴ってます。

古代ギリシャとヘレニズムに関する世界遺産話

 

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こんにちは、太太です。

なんだか色々不安になってきたので世界遺産検定2級公認テキスト300」を購入しました。地理の勉強って世界遺産必要?うーん、わかんないけど買っちゃった。2,000円でした。

 

今日は古代ギリシャとヘレニズムに関す世界遺産の話を勉強します。えーん、ここ一番苦手よぅ。

 

アテネアクロポリスギリシャ)はギリシャ文明の要

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パルテノン神殿

アクロポリスは、「高いところ 城市」を意味し、宮殿や砦が築かれた場所。ギリシャ文明の要であるアテネアクロポリスには、パルテノン神殿、プロピュライア、エレクテイオン、アテナニケ神殿などの遺跡が残されています。

 

パルテノン神殿は戦いと知恵の女神アテナを祀る神殿です。プロピュライアは、アテネアクロポリスへと入るための門でした。エレクテイオンは、アテナの王エリクトニオスを祀った神殿です。アテナ・ニケ神殿は、スパルタとの戦争を祈ってアテナを祀った神殿です。

 

要するに、アテネアクロポリスは、アテナ関連の建物がいっぱいということです。

 

アテネには紀元前2,000年ごろから人々が住み始め、紀元前1,500年には王宮の所在地となりました。ソクラテスプラトンアリストテレスなどが住んだ記録も残っており、とても華やかな都市だったのが伺えます。

 

エピダウロスは医神アスクレピオスの聖地

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エピダウロスの劇場

古代ギリシャの人にとって医療とは「癒やし」や「リラックス」。アテネの対岸にあるエピダウロス医神アスクレピオスを祀った地であり、多くの遺跡が残っています。

 

アスクレピオス神殿ドーリア式の建物であり、病に苦しむ人の巡礼地として人気を集めました。神殿の周囲には、古代劇場や考古学博物館、カタゴゲイオン(巡礼者の宿泊施設)、オデオン(音楽堂)、ギリシャ浴場、アバトン(聖なる仮眠所)などがあったようです。

 

特に劇場は、ギリシャ世界で最も美しいと評されています。

 

アスクレピオスは、芸術と予言を司る神アポロンの息子であり、母親はコロニスでした。養育は賢者ケイロスケイローン)に任せられました。

 

ケイロスは医学の知識をアスクレピオスに伝授します。賢かったアスクレピオスはその後ギリシャで名を馳せる医師となりました。

 

しかし、アスクレピオスは、優れた医術により死者を生き返らせてしまい、ハデスとゼウスの怒りを買ってしまいます。ゼウスの怒りの雷によりアスクレピオスは焼き殺されてしまいますが、のちに医学の神として崇め祀られるようになりました。なんだかムネアツ。

 

そう、こういう逸話があればギリシャも楽しいはずなのよぅ!

 

③デルフィはアポロンの神託が行われた場所

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デルフィのアポロン神殿

 医神アスクレピオスの父であるアポロンは、アテネの北西にある都市デルフィにゆかりがあります。

 

デルフィ(デルポイともいう)は当時「地球のへそ」と呼ばれており、ここで巫女がアポロンの信託を行ったと伝えられています。アポロン神殿は紀元前700年ごろ建てられました。

 

アポロン神殿では、ヘラクレスの12の冒険、アテネサラミス海戦なども神託されました。 

 

④ピリッポイの考古遺跡はのちにキリスト教の中心地になった

ギリシャ東北部に位置するピリッポイは 、ヨーロッパとアジアを結ぶ交通の要所として古来より栄えてきました。

 

紀元前42年のフィリピの戦い以降はローマ寄りになり、この地は小ローマと呼ばれました。そのため、紀元40〜50年のパウロ訪問後はキリスト教信仰の中心になっています。

 

⑤ブトリントの考古遺跡(アルバニア

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ブトリントの考古遺跡

ブトリントはアルメニアの南部にある都市で、紀元前7世紀後半に造られました。低地の都市部と丘の上のアクロポリスの2つにわかれ、低地部には円形劇場や住居、医療の神アスクレピオスを祀る神殿が残っています。 

 

トロイアの考古遺跡(トルコ)

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トロイアの考古遺跡

トロイアは、トロイ、イリアスなどと呼ばれるトルコ西部の都市で、紀元前3,000〜後500年ごろにかけて繁栄しました。

 

ホメロス叙事詩イリアスに記されたトロイア戦争の舞台としても有名です。ドイツの考古学者ハインリヒ・シュリーマン1873年に遺跡を 発見しました。彼が遺跡を発見するまでは、「イリアス」の世界は架空のものとして扱われていました。

 

⑦キュレネの考古遺跡(リビア)はアポロンの神託で移住してきた人が築いた

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アポロン神殿

リビア北東部に位置するキュレネは、アポロンの神託によりテラ島から移住してきた住民によって築かれた都市です。

 

この地は地中海貿易の中心都市として栄えました。アポロンに関する神殿や劇場などが造られました。

 

ネムルト・ダウの巨大墳墓(トルコ)

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ネムルト・ダウの巨大墳墓

ネムルト・ダウと呼ばれる遺跡は、紀元前1世紀にコンマゲネ王国のアンティオコス1世が自身のために築いた墳墓であり、トルコ南東部にあるネムルト山にあります。

 

モチーフはギリシャ神話のものが多く、アンティオコス1世自らの像も造られています。ギリシャとペルシア双方からの影響をうけていたのがみてとれます。

 

紀元前62年7月7日に水星と金星、火星が一直線に並ぶように描かれている「王の星占い」と呼ばれるレリーフが見つかっています。この日は、アンティオコス1世がローマ帝国からこの地を任された日だと言われています。

 

 

 

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